身も心もささげあったはずなのに不安ばかりが心にのこる。
そういえば俺はあいつに言っただろうか?
言葉にしてしまえば単純なその一言を。
あいつはいつもいつも会えば会っただけ「愛してる」と語る。
時には雄弁にものを語るその唇で、時には強い光を湛えたその琥珀の瞳で。
俺はいつも「場所をわきまえろ」と一喝してしまう。
だからあいつはすこしだけ悲しそうに微笑むのだろうか。
「もっとお前がくらっとクるような口説き文句考えないとな」
普段の笑みで隠しているつもりだろうが、うまくいってはいない。ぎこちない微笑みになっているぞ。気づいているか?
ところかまわず愛をささやきかけてくるのにもかかわらず、あれからカミューは俺に触れては来ない。
あれからあからさまにお前を避けるようにしてしまっている。
触れられるわけないだろう?
何も知らなかった昔ととは状況がかわってしまった。それお前は気づいているのか?
そばにいれば幸福に満たされるが、その分体が渇いてしまっているのだということに。
一度触れたら際限なくここが何処であってもお前の体を欲してしまいそうになる。
すべて、暴いてしまいたくなる。
お前の体の奥底に自分を埋めてしまいたい。離れることなくつながっていたい。
同じ快楽を、悦楽を味わいたい。
そんな自分の独占欲に薄ら寒さすら覚える。
しかし、湧き上がる欲を抑制することができない。
こんな私を見たら、お前は軽蔑するだろうか。だから日々の忙しさに紛れ、忘れるしかないのだと。
こんな私の状態を、マイクロトフに悟られたくはない。
あれだけ強い瞳で見つめてきても、まだ我慢するあいつの神経がわからん。
何を俺に隠しているのかは知らないが、恋心を抱いている相手の不振な所為に気づかないわけ ないだろう。
どれだけあいつは俺を見くびっているのか。
恋心を抱いている相手、それも心も体もお互い知りえている仲で何をためらう理由がある?
俺だって男だ。それなりの欲もある。お互いの熱を交し合いたいときもある。
何故気づかない?
何を言えばあいつは安心する?俺が何をしてやれば、あいつ作り笑いを見なくてすむ?
もう俺の体の熱を冷ますことができるのは、カミューだけだというのに。
「カミュー」
私はマイクロトフに呼ばれて振り返る。
昼食から帰った私は、途中副長から書類を手渡され執務室へ戻る途中だった。
「食べ終わったのか?今迎えに行こうと思ったのだが」
「すまない。もう食べてしまったよ。仕事が早く終わったんでね」
「そうか…なら仕方がないな」
さも残念だという顔をする。ずきりと心が痛んだ。
時間をずらしたのは私が意図したこと。あいつが誘いに来るのを見越して午前の執務を切り上げてきたのだ。
「俺はこれから執務室に戻るから」
去ろうと私はきびすを返すが、
「あ、待ってくれ。まだ昼休みだろう?少し食堂で話さないか?」
腕をつかまれ少々強引に引き止められる。正面にある真摯な表情。
私は悟った。
どうやら私は何もかもうまくやれているつもりが、失敗していたようだ。
「なんだい?愛の告白でもしてくれるのか?」
いつもの微笑みにからかいの言葉をなげた。「時と場合を――」と一喝されるかと思ったのだが、意外なことに。
「ああ、そのことで話がある」
マイクロトフに熱があるのでは、と思った。ここは廊下、今は食堂へ向かう足が多いとはいってもいつ人が通ってもおかしくない場所だ。
こういった関係を人一倍意識し、隠しておきたいマイクロトフのこの行動はおかしい。
「どうしたんだ?やけに積極的じゃないか」
苦笑しながら、からかい口調で答えるのだが、マイクロトフの真摯な表情は崩れない。
「カミュー、何か俺に隠しているだろ」
ごめんマイクロトフ。私はお前を見くびっていたようだ。そのとおり。私はお前に隠しごとをしている。
「俺に関係することだろう?」
そう。お前との関係についてだ。
「何故避ける?俺と関係を持った事を後悔しているのか?」
それは私の台詞だ。お前こそ、私とこんな関係になってしまったことを後悔してるのではないのか?雄の性をねじ伏せられるその行為を、嫌悪しているのではないのか?
「何とか言ったらどうなんだ…んっ」
人差し指をマイクロトフの口に当て、よく動く唇を止めてやる。
「教えてやるから、少し黙れ」
自分の口角に無意識にふっと浮かぶ苦笑。困ったときの私の癖だ。
「俺から告白しておいていまさら後悔なんかしてはいないさ。
逆にあまりにうまく行き過ぎて不安にはなっているだけ…お前の考えすぎだ」
マイクロトフの唇に当てた人差し指を離し、私は今度こそきびすを返し去ろうとしたのだが。
びん。
マントが引っ張られた。「なんだ?」と振り向いたとき。
私の唇に暖かい感触が降り、そして離れていった。
「これで、不安は解消されたか?」
にっ、と悪戯をした子供のようなマイクロトフの顔。
私は…恐らく豆鉄砲を食らったような顔をしていると…思う。
この関係を後悔していないとカミューが苦笑交じりに語る。
俺はほっとした。
そして、やつが何に不安を覚えているのかが分かった時、カミューのマントが翻った。
反射的にそのマントをつかんで引っ張る。
カミューが振りむいたところを不意打ちしてやった。
思えば俺からのキスは…初めてだったか…。カミューが不安にもなるわけだ。
「これで、不安は解消されたか?」
鳩が豆鉄砲を食らったときの顔とはこういう顔を言うのだろうな。まあこんなカミューもいいかもしれん。
ぱさぱさぱさ、っとカミューの手から零れ落ちた書類が床に落ちる音でカミューは正気に戻った。
「マイクロトフ?これは…」
あーあ、こんなに床に書類をぶちまけて…俺はかがんで散らばった書類を拾いはじめる。
カミューの問いには、
「何もお前ばかりががっついてるわけじゃないって事だ」
恥ずかしいので書類を拾う姿勢のまま、カミューの顔を見ずに答えた。きっと俺は耳まで赤くなってることだろう。
「マイクロトフは嫌じゃないの?」
カミューの声がしゃがみこんだ俺の高さで聞こえてきた。顔を上げれば目の前にカミューの顔があった。
「……嫌だったら初めから嫌だと言ってる」
それを聞いたカミューの顔に笑みがこぼれた。その微笑が作り物で無いことに俺はほっとした。
「じゃあ、今夜の予定…俺のために空けてくれるかな、マイクロトフ?」
「喜んで」
そして俺達はしゃがんだままで口付けと約束を交わした。
PS.その日のカミューはけだものだったった…と後にマイクロトフは涙ながらに語ったそうだが、それはまた別のお話。
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