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「カミュー…お茶が、入ったぞ…」
「ああ、すまないね。それと、『カミュー様、お茶が入りました』だよ」
そう言ってカミューはにっこりとマイクロトフに微笑みかけた。微笑むカミューとは対照的にマイクロトフの顔はむすっとした仏頂面である。
「ちゃ〜んと言葉を選んで使わないと、あの鬼畜軍師に『偉くなると敬語も忘れるのか?』って言われるよ?」
くすくす。
それが勘に触ったのか、マイクロトフの額に青筋が走った。
「………ちゃんと言葉遣いはわきまえている…つもりだ…しかしだな……お前相手に敬語を使えるかっ!!!!大体お前が………」
そこまで大声で捲くし立て、マイクロトフははたと何かに気づいたように口を閉じた。額の青筋が見る見るうちに引いていくかと思ったら、今度は顔が見る見ると赤くなていく。
「お前が…?何だい?」
マイクロトフが言大声では話せない何かを知っているカミューは、言葉に詰まり口をぱくぱくさせているマイクロトフの顔を覗きこみ、にやっと意地の悪い笑みを見せた。絶対にここでは言えない事がわかっているのだ。
(怒りと羞恥が混ざった表情ってのもいいもんだな、そしてこう、ぐっと言いたい事を堪えてるあの表情…たまらないね)
そんな風にマイクロトフを鑑賞する余裕さえある。マイクロトフだってたまったものではない。言い出せない言葉がもう喉元まで出掛かっているのだ。しかし、ここで理性を吹っ飛ばしてカミューに食ってかかるとなると、そのあとの処理がこれまた厄介なことになる。それに何より自分が恥ずかしい内容なのだ。それゆえマイクロトフはカミューを睨み付けることしかできない。だが、睨みつければ睨みつけるほどカミューの顔がニヤニヤと楽しそうに歪むのだ。「絶対この状況を楽しんでる…」とマイクロトフは長年の付き合いからそう悟っていた。
もう問答無用で殴ってやろうか?とも思うが、現在の場所は残念ながら自分たち二人しかいない相部屋ではないのだ。ここは天和城の赤騎士団長の執務室なのである。そして現在は部屋の増築の関係上、赤騎士副団長のクワノフが机を並べ仕事に勤しんでいるのである。それに他の赤騎士たちの出入りも結構なほどにある。こんな中で彼らの上司の頭を殴ることは、常識的なマイクロトフには出来なかった。こぶしを握り締め、部屋に戻ったら、部屋に戻ったら…と、心の中で唱えるだけで精一杯であった。
こんこん。
「失礼いたします―――」
本日何度めかのノックと共に扉が開き、平の赤騎士が顔をだした。そして固まる。
この光景も今日で何度めだろうか。
「おい、用があるなら固まってないでさっさと伝えないか」
そしてまたまた本日何度目かの台詞をクワノフは半ばうんざりとしながら、扉とお友達になっているまだ若いヒラの赤騎士に投げかけた。
「あ、あ…はい。この書類なんですが―――」
まったくなんだってマイクロトフ様はこんなふざけた約束をしたんだろうな…、よほど気になるのかちらちらとマイクロトフに視線を向けている若い赤騎士の話を聞きながら、頭の片隅でちらりとクワノフはそう思った。
ヒラ騎士がすべての用件を伝え終わり、立ち去ろうとするも、よほど気になるのか目だけでカミューたちの方を追っている。副長が何か喋ってくれるだろうか?と甘い期待を込めてちらりと副長を見るも副長の眼光は鋭く光り、何も言うな何も聞くな、とのオーラをこれでもかと出していたので、ヒラ騎士はびくっと小さく振るえながらさっと視線をそらした。よっぽど焦ったのか、ヒラ騎士は去り際に副長の机の角にぶつかり、右わき腹腰骨付近からごすっという鈍い音がした。しかしヒラ赤騎士は一瞬足を止めただけで、また何事もなかったように歩き出した。それでもやっぱり痛かったのか、右わき腹に左手のひらをそっと沿え、よろけながら執務室の扉へと向かう。そして、早くここから立ち去らなければ…彼の頭の中はそんな言葉だけで埋め尽くされていた。
よろけながら扉へと向かうヒラ騎士の背を目だけで追っていたクワノフだったが、これはチャンスだと頭にひらめきマークが点り、立ち上がった。
「大丈夫か?」
「え?、あ、大丈―――」
「何っ!?これはひどい!こんなものがこんなところに当たれば痛いのは当然だ!よし!俺が付き添ってやろう」
どんなものがこんなところにあたったのか…。クワノフはありえないぐらいのべたな演技であきれるほどに棒読みで台詞を吐いた。
「―――――は?」
先ほど剣呑な光を目に湛えていたクワノフのいきなりの親切ぶりにヒラ騎士の顔が引きつったまま固まった。クワノフはなにがなんだかわからずに呆然としているヒラ騎士の脇に立ち、(無理やり)肩を貸すと、
「すみません、カミュー様、ちょっと彼が怪我をしたとのことなので席を空けます!」
そう、カミューに一言言い残し、ヒラ騎士を引きずるように執務室を出て行った。
元赤騎士団長はひらひらと手を振って見送るだけで、特に問い詰める気もないようだ。というか、逆に出て行ってくれてありがとうな気配さえ感じられた。
パタン…。
ふー、と副長が長いため息を吐くのと、
「元はといえばお前がここでヤリはじめたのが原因だろうがっ!この大馬鹿者ーーーーー!!!!」
そんな叫び声が聞こえてきたのはほぼ同時であった。
そして廊下にいる副長とヒラ騎士は無言で今出てきた扉に顔を向けていた。
ヒラ騎士聞こえた内容を理解しようと必死に頭を働かせていたが、その思考は副長の言葉にさえぎられた。
「―――あー、君」
はひっ!?とヒラ騎士は妙にあわてて、副長のほうへ向き直った。
「今、マイクロトフ様の叫び声など聞こえなかったよな?」
「え?でも…中から…」
確かに聞こえたはずだった。ヒラ騎士の頭の中にはクエスチョンマークが山ほど出ている。
「聞こえなかったよな?」
クワノフのいつもは温厚でどこか憂いのある垂れ目がきっと剣呑な光を放っている。執務室の中で浴びた眼光よりもその光は数段上のものだった。声は普段と同じ抑揚である。しかし今は逆にそれがよりヒラ騎士の恐怖心を煽り立てていた。声の裏に黒い影が見えるのは果たして幻か。
「!あ、はい!何も聞こえませんでした!誰か何かいいましたでしょうかっ!?」
焦り焦り、しどろもどろになりながらヒラ騎士はそう答えた。泣き出さなかった自分をほめてやりたい…後にそうこのヒラ騎士はそう語ったという。
ヒラ騎士の答えに満足したのかクワノフの顔がにっと笑みを漏らし、いつもの温厚なたれ目に戻った。声の裏に潜んでいた黒い影も今はもう見えない。
「うむ、行ってよし。いやー、助かった助かった。私もあの中に長時間閉じ込められ辟易していたところだ。いい口実ができて助かったよ」
あの様子じゃ、黙って出て行ってもカミュー様は何も言わないだろう…ヒラ騎士は思ったが、口には出さなかった。賢明な判断である。
「それじゃあ、私はちょっと食堂のテラスで休憩を取っているから、何かあればそっちに来てくれ、他の騎士たちにもそう伝えてくれるか?」
ぽんぽん、と硬直したまま動かないヒラ騎士の肩を軽く叩く。ヒラ騎士ははっと正気に戻ると間髪いれずに「はっ!」と敬礼をし、執務室の前の廊下をパタパタと駆けていった。
赤の執務室廊下にぽつんと一人残ったクワノフは、再び執務室の扉に対峙すると、
「―――そういうわけだったのか…なるほど…マイクロトフ、お前に同情するよ…」
そうぽそりと呟き、合掌するのだった。
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